東南アジア学会会員各位
第264回中部例会の御案内です。
今回は、愛知大学東亜同文書院大学記念センターとの共催で、下記の要領で開催いたします。
曜日がいつもの土曜ではなく、「日曜」になっており、また会場も名古屋ではなく「豊橋」になっておりますので、お気を付けください。
多くの方々の御来場をお待ちしております。
中部地区担当・加納
記
日時:2026年7月26日(日)14:00~17:00
会場:愛知大学「豊橋キャンパス」(!)大学記念館2階特別室(キャンパス南端。旧陸軍第15師団司令部庁舎)
(〒441-8522 愛知県豊橋市町畑町1-1)
(ココ重要→「名古屋キャンパスではない」(!) ので、御注意ください。)
https://www.aichi-u.ac.jp/guide/access#b-407289
「豊橋」駅より豊橋鉄道渥美線(「新豊橋」駅乗り換え)「愛知大学前」駅下車すぐ
共催:愛知大学東亜同文書院大学記念センター
タイトル:「在雲南日本領事館の設置から撤退まで:清末・民国期における日本の対雲南認識と関与」
報告者:高 箬遠(名古屋大学大学院人文学研究科 博士候補研究員)
要旨:
近代日本の対中関与をめぐる研究では、満洲・華北・沿海部が主たる対象とされてきたのに対し、中国西南の雲南は相対的に周辺視されてきた。しかし、近代雲南は仏領インドシナ・英領ビルマと接する国際環境のもと、辛亥革命・護国運動・護法運動などを通じて中国政局に重要な位置を占めた地域でもあった。こうした状況を背景に、日本外務省は1916年、広東在勤の堀義貴を雲南へ派遣して領事事務を開始し、1918年には在雲南日本領事館を正式に設置した。その後、1937年の日中戦争勃発に伴って閉館するまで、
同領事館は約20年にわたり存続した。同館は在留邦人の保護、各種情報の収集、日本人洋行の活動把握と支援を担う拠点として機能した。にもかかわらず、日本がなぜ在留邦人の少ない雲南に領事館を設置し、同地方にいかなる関与を試みたのかについては、これまで十分に明らかにされてこなかった。本報告はこの問いを手がかりとして、在雲南日本領事館の成立・活動・終焉の過程を通じて、日本の対雲南認識と関与の実態を検討するものである。
*中部地区では、報告希望者を募集しております。報告を希望される方は、氏名・所属・発表希望月日・報告題目・報告要旨(200~400字程度)・希望使用機器を記載の上、下の問合せ先までご連絡ください。
問合せ先:加納寛(愛知大学)kano[atmark]aichi-u.ac.jp

