東南アジア学会、研究集会(九州地区特別例会)プログラム
1. 期日
2019年7月20日(土)、21日(日)
なお、この研究集会は、立命館アジア太平洋大学開学20周年事業の一環として、同学ムスリム研究センター(http://www.apu.ac.jp/rcaps/rcrcmc/news.html/)との共同開催とする。
2. 会場
7月20日(土):APUプラザ、セミナールームAおよびB
〒874-0926 大分県別府市京町11
交通アクセス:http://oibc.jp/access/
7月21日(日):立命館アジア太平洋大学、B棟2階、RCAPS-A会議室
〒874-8577 大分県別府市十文字原1-1
交通アクセス:http://www.apu.ac.jp/home/contents/access.html/
3. テーマ:「身体のポリティクスとポエティクス」
本学会の会員による専門は、おしなべてヒトを扱う学問であると思われる。ヒトを対象にヒトが研究を進める以上、身体をめぐる議論は不可欠なテーマとなるだろう。すなわち、調査対象者の身体性が考察の対象となるのはもちろん、調査者もまた身体をもってフィールドと関わらざるをえない。さらに、東南アジアにおける(もしくは東南アジアに関する)インターネット環境の整備を考慮に入れれば、SNSを通じた調査者と調査対象者のつながりや、Google Mapsのストリート・ビューを利用した疑似的な調査地の踏査など、ヴァーチャルな身体や空間も議論の俎上に載せることが可能と考えられる。
このように「身体」を広く解釈するからには、「ポリティクス」および「ポエティクス」もまた、広く解釈する必要があるだろう。つまり、政治家や官僚の言動といった狭義の政治のみならず、日常にひそむ政治もまた、「ポリティクス」として分析しうる。そして「ポエティクス」も、詩や芸術だけでなく、文化全般の分析に当てはめうる語と考える。
以上のように「身体のポリティクスとポエティクス」を広義に解釈することにより、広範にわたる議論の場となる研究集会を開催したい。
4. 日程
報告40~45分、質疑応答と議論が15分程度。
7月20日(土)
14:00-14:15 開会の辞/趣旨説明
14:15-15:15 報告1 井口由布(立命館アジア太平洋大学)
「身体のポリティクスと「女性器切除」:マレーシアの事例から考える」
15:15-16:15 報告2 大形里美(九州国際大学)
「インドネシアにおける女子割礼:リベラル派と保守派の間で」
16:15-16:30 休憩
16:30-17:30 報告3 宮地歌織(九州工業大学)
「変容する女子割礼/女性性器切除:ケニア西部の農村部における事例より」
17:30-18:30 報告4 秋保さやか(明治大学研究・知財戦略機構島嶼文化研究所客員研究員、国立民族学博物館外来研究員)
「現代カンボジア農村における月経をめぐる規範と実践:女性のライフコースの変化に着目して」
19:30頃~ 懇親会(会場は、別府市街地の飲食店を予定)
7月21日(日)
9:45-10:45 報告5 伊賀司(京都大学東南アジア地域研究研究所連携講師)
「マレーシアにおけるセクシュアリティ・ポリティクスの誕生と変容?:矯正と予防に動く国家、スケープゴートにされ続ける性的マイノリティ」
10:45-11:45 報告6 日向伸介(大阪大学)
「冷戦期タイの都市空間とセクシュアリティ:パッタヤーを事例として」
11:45-12:00 閉会の辞
5. 報告要旨
<報告1>
井口由布(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部)
「身体のポリティクスと「女性器切除」:マレーシアの事例から考える」
IGUCHI Yufu (College of Asia Pacific Studies, Ritsumeikan Asia Pacific University)
“The Politics of the Body and “Female Genital Mutilation”: A Case of “Female Genital Mutilation” in Malaysia”
本報告はマレーシアの「女性器切除FGM」をポスト植民地における女性の身体とセクシュアリティにかんする政治に位置づけようとするものである。「FGM」にかんする国際的な論争は女性の人権擁護か伝統文化の保護かという対立をめぐってなされてきた。しかしながら、フェミニズムやポスト植民地批評の影響を受け、1990年代から「FGM」論争を言説の政治としてみなす研究が開始された。本報告では、女性の身体を国家医療システムにおけるリプロダクティブ・ヘルスの対象として再構築されたものとしてみなすというところから、マレーシアにおける「FGM」問題を考察する。考察の対象とするのは、マレーシア北部農村における605名の女性を対象とした量的調査、農村在住者によるフォーカス・グループ・ディスカッション、伝統的な方法で施術を行う伝統的産婆へのインタビュー、診療所で施術を行う医師へのインタビュー、マレーシアでの2018年以来の「イシュー化」などである。
<報告2>
大形里美(九州国際大学現代ビジネス学部)
「インドネシアにおける女子割礼:リベラル派と保守派の間で」
OHGATA Satomi (Kyushu International University)
“The Female Circumcision in Indonesia: between Liberals and Conservatives”
インドネシアでは、アフリカなどで行われている重い女子割礼は行われておらず、とりわけジャワ島では伝統的に出血を伴わない象徴的な女子割礼が行われてきた。女子割礼を禁止するアフリカ諸国の動きがある中、2010年、同国最大の伝統派イスラム団体NUは、女子割礼の法的位置づけについて議論したが、女子割礼の禁止を求めるリベラル派勢力の要請は保守派勢力によって封じ込められた。インドネシアでは女子割礼が軽いタイプであるため、アフリカ諸国のように禁止する機運は生まれず、女子割礼の問題もまた、婚姻法改革やLGBTなどをめぐる対立と同様、同国内のイスラム保守派とリベラル派の対立の構図の中に組み込まれている。
<報告3>
宮地歌織(九州工業大学男女共同参画推進室)
「変容する女子割礼/女性性器切除:ケニア西部の農村部における事例より」
MIYACHI Kaori (Gender Equality Promotion Office, Kyushu Institute of Technology)
“The Changing Situation of Female Circumcision/FGM: The Case of Rural Area in Western Kenya”
アフリカにおける女性性器切除(FGM)は、1990年代より国際機関によって廃絶活動が実施されるようになった。アフリカ東部のケニアでは、1982年に、当時のモイ大統領によって「女子割礼禁止令」が出されたものの、発表者がフィールドワークを行っていた1998年~2000年の間でさえ、公ではないものの、ほとんどの女子、男子が割礼を受け、割礼は成人儀礼として重大なイベントの一つとされていた。本発表では、当時の女子割礼(女性性器切除)の様子とともに、現在の様子の変化について述べたい。2011年には法律で完全に禁止されることになり、様々な廃絶活動が展開されているが、人々はどう変わったのか、あるいは変わらないものがあるのか。ケニアの西部に住むグシイの人々の様子から、その変容をさぐる。
<報告4>
秋保さやか(明治大学研究・知財戦略機構島嶼文化研究所客員研究員、国立民族学博物館外来研究員)
「現代カンボジア農村における月経をめぐる規範と実践:女性のライフコースの変化に着目して」
AKIHO Sayaka (Organization for the Strategic Coordination of Research and Intellectual Properties, Meiji University)
“Menstrual Practices and Norms in Contemporary Rural Cambodia: Focusing on the Khmer Women’s Life Course”
本報告では、近年ヒトやモノの移動とその加速が著しいカンボジア農村社会において、月経をめぐる文化的慣習や実践がいかに変化しているかを明らかにすることを目的とする。
月経とは、生理的現象であると同時に、社会文化的現象でもある。東南アジアをはじめとする地域において、月経は出産や死とともに、穢れとして捉えられる一方、初潮儀礼などに見られるように、子孫を生み育てる再生産に関わるものとして祝福の対象ともなってきた。
本研究の調査地であるカンボジア農村において、月経は恥ずべきもの、秘匿すべきものであり、かつ「女性」の問題であるとされてきた。しかし、近年国際機関やNGOを中心とした開発の領域において、月経が就学や衛生の問題と関連付けて議論され、「改善」の対象として捉えられるようになっている。つまり、これまで個人や家族あるいはコミュニティの事柄として捉えられてきた月経が、国際的な援助機関、国家といった多様なアクターを巻き込み、公の問題として立ち現れているのである。
このような変化を受け、現代を生きるカンボジア農村の女性は、月経やそれに関する文化的慣習をどのように捉え、経験しているのだろうか。内戦終結以降の農村社会の変化とそれに伴う女性のライフコースの変化に着目し、月経をめぐる規範と実践、そしてそれを形作る要因を明らかにする。
<報告5>
伊賀司(京都大学東南アジア地域研究研究所連携講師)
「マレーシアにおけるセクシュアリティ・ポリティクスの誕生と変容?:矯正と予防に動く国家、スケープゴートにされ続ける性的マイノリティ」
IGA Tsukasa (Center for Southeast Asian Studies, Kyoto University)
“The Sexuality Politics in Malaysia after the 14th General Election: The State and Sexual Minorities in Transition”
マレーシアでは2018年5月に実施された総選挙によって独立から61年目にして史上初めての政権交代が実現した。国内外のメディアや一部の研究者の間では、政権交代が深刻な暴力や流血の事態が起こることなく、選挙を通じてスムーズに実現したことで、マレーシアの「選挙による民主化」への注目が集まった。ただし、政権交代は果たしたものの、マレーシアの民主化への道のりはまだ始まったばかりであり、非常に多くの課題が残されている。
民主化の深化にあたり、重要な課題の1つがマイノリティ集団への対応である。なかでもマレーシアにおいて1980年代を境に次第に政府によって抑圧される対象となっていった性的マイノリティに注目してみれば、人権の保護やコミュニティのエンパワーメントといった実践的な課題のみならず、性的マイノリティをめぐって展開される政治(セクシュアリティ・ポリティクス)についても非常に興味深い状況がみえてくる。報告者は以前に、1980年代以降のマレーシアの国家とLGBT運動が性的マイノリティをめぐってどのような形で政治を展開してきたのか、について論じたことがある[伊賀 2017]。その時に報告者が気づいたのは、マレーシア社会のなかで周縁化されているようにみられる性的マイノリティのイシューを論じることこそが、マレーシア政治の中核的な問題とつながっている、という点である。
本報告では報告者の過去の議論を踏まえつつ改めて、マレーシアではなぜ、どのようにして性的マイノリティが政治的なイシューとして取り扱われるようになったのか(マレーシアにおけるセクシュアリティ・ポリティクスの誕生)を論じるとともに、2018年の史上初の政権交代を経てマレーシアのセクシュアリティ・ポリティクスに何らかの変化がもたらされたのか、という点についても論じてみたい。
参考文献:伊賀司. 2017. 「現代マレーシアにおける「セクシュアリティ・ポリティクス」の誕生:1980年代以降の国家とLGBT運動」『アジア・アフリカ地域研究』17(1): 73-102.
<報告6>
日向伸介(大阪大学外国語学部)
「冷戦期タイの都市空間とセクシュアリティ:パッタヤーを事例として」
HINATA Shinsuke (School of Foreign Studies, Osaka University)
“Urban Space and Sexuality in Thailand during the Cold War Period: Social History of Pattaya Entertainment District”
タイ東部チョンブリー県の特別市パッタヤーは、ビーチリゾートと歓楽街というふたつの顔を併せ持つ世界有数の観光都市である。その開発の歴史は、バンコクの土地開発業者がビーチ沿いの土地を購入した1940年代にさかのぼる。1950年代にはバンコク在住者の間でマリンスポーツの地として知られるようになり、1960年代に入るとベトナム戦争のためタイ国内に駐屯する米軍向けの保養地としてホテルやレストランが徐々に増えていった。しかし1968年から米軍が撤退を始めたため、ホテル経営者らは1970年代から観光客の多国籍化に活路を見出していく。ゴーゴーバーやトランスジェンダーの女性によるショーに代表されるパッタヤー歓楽街の原型が形成され始めたのはまさにこの時期であった。本報告は、パッタヤーをつくった人々の歴史を多様な資料から再構築し、冷戦期タイにおける社会変容の一断面を、都市空間とセクシュアリティという観点から描き出そうとする試みである。
以上