▼ 2009/02/14(土) 二月関西地区例会予告
会員各位
東南アジア学会関西部会2009年2月例会を下記のように開催いたします。
今回は、若手によるインドネシアに関する二つのご発表をうかがいます。ふるってご出席くださいますよう、ご案内申しあげます。
また、四月以降ご発表希望の方、ぜひご連絡ください。特に、6月の大会で発表される場合の事前発表を歓迎いたします。
日 時 2月14日(土)13:30~17:45
会 場 京都大学稲盛記念会館(川端通り荒神口角)3階中会議室
[報告1]高野さやか氏(東京大学大学院)
「スルタン租借地をめぐる訴訟群:インドネシア・北スマトラ州におけるアダット復興とスルタンの帰還」
コメンテーター 杉島敬志氏 (京都大学)
[報告2] 泉川晋氏(広島大学大学院)
「1930年代東ジャワにおける日本人物産商の活動について-農産物取引からのア
プローチ-」
コメンテーター 水野広祐氏(京都大学)
要旨1[高野さやか氏]
スハルト体制崩壊後のインドネシアでは、民主化と地方分権が重要な課題となっ
ている。そしてその動きのなかで、地方政治のよりどころとして、あるいは中央
への対抗原理として、国内各地のアダットを再評価する活動が報告されている。
本発表では、北スマトラ州・メダンとその周辺で進行中の「スルタン租借地」を
めぐる訴訟群を事例として、インドネシアの都市部におけるアダットの発現のし
かたについて論じたい。
スマトラ島東岸部は、植民地期にタバコ・プランテーションの開発が大規模に行
われたことで知られ、このことが現在まで継続する土地問題の背景にある。土地
問題への対応は社会状況を反映して変化してきたが、現在では、デリ王国のスル
タンとムラユ系の住民団体が、国営企業や不動産デベロッパーを相手に訴訟を提
起している。
本発表では、一連の土地訴訟の経過について整理し、関係者の活動がどのよう
な経緯から生まれ、それがどのような論理に支えられているのかについて分析す
る。一度は失われたスルタンと住民の協力関係は、どのようにして復活したのだ
ろうか。多民族都市・メダンにおいて、彼らはどのような主張を展開しているの
だろうか。
ここから明らかになるのは、アダットを旗印にした先住民団体と、法(フク
ム)を掲げる国家との対立ではない。アダットをよりどころとする主張もまた、
内部に対立を内包しており、それぞれがアダットにも、フクムにも依拠している
という、アダットとフクムとの境界が曖昧になった状況なのである。
要旨2[泉川晋氏]
近年のインドネシア経済史研究では、流通や貿易に関するテーマに注目が集
まっている。そのなかで、商社や商人など、実際に流通を担っていた存在への関
心も高まってきている。そのうち、1930年代の植民地経済に関するトピックで
は、日本人商人の活動が活発になった、ということが言及されている。つまり、
1929年の世界恐慌に起因する現金不足から、住民は生活水準を維持するために安
価な日本製品を使うようになった。その結果、自国製品を販売する日本人の流通
面でのプレゼンスが高まったとされている。
この場合の日本人商人とは、日本製品を小売する商人を意図している場合が多
い。しかしながら、東ジャワでは、「物産商」と呼ばれる農産物買付兼日用品販
売を生業とする商人や精米業を営む日本人が存在していた。この地域は、オラン
ダ領東インドの中で日本人が最も多く住んでいた地域である。また、オランダ植
民地文書の中では、彼らの活動は農村経済に対して大きな影響を持っていたと記
されている。
にもかかわらず、従来の研究ではその活動に若干触れられているものの、詳細
な検討がなされておらず、彼らが如何に農産物流通に関わっていたのか、という
点も分析がなされているとは言いがたい。
そこで本報告では、マラン理事州ルマジャン県在住の日本人物産商によるトウ
モロコシと籾の取引から、①彼らの活動と農村での流通構造との関わり②そのなか
での日本人物産商の位置づけ、を検討することとする。
世話人・連絡先
片岡樹・kataoka(at)asafas.kyoto-u.ac.jp
倉島孝行 tkurakura(at)hotmail.com
蓮田隆 hsd(at)cseas.kyoto-u.ac.jp
速水洋子 yhayami(at)cseas.kyoto-u.ac.jp